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2007年10月14日 (日)

07.06.07 日本へ2

3時30分に目覚めた。昨夜は早くに眠った思いはない。時間調整に入った初日であるから、実際は230分となる。次男の子供が予定日より遅れていることが気懸かりなせいか、双子で出産の夢を見た。八点鍾までもう一度寝ることにした。

 

『北緯24°08′、東経170°51′。北東の貿易風が吹いています。ミッドウエイの南東800kmの地点です。速力195ノット、時速36k、天候は晴れ、北東の風10m、気温25℃、水温267℃、波の高さ約15m。』この後船長は、しばらくコンテナー船の話を続けた。

朝食はオートミールからクロワッサンに代えた。にっぽん丸では、小麦粉をこねて、発酵、焼き上げまですべてを船上でしている。毎日少しずつ出す種類が変わる。パンの種類は25種にも及ぶときがある。焼きたてが自慢で、それがまた好評だ。ヤクルトもどき(韓国製)を3本、野菜ジュースを飲んで、後部デッキへ急いだ。

P1030180613 P1030185613 工藤さんが頼むことになっていた天幕が、見る間に張られていった。メンバーは口々に、これで疲れが軽減すると喜んだ。やはりダイレクトに陽を浴びていると、疲れるのだ。高嵜さんが近づいてきて耳元でぼそっと言った。「腰が痛くなったと言ったら、高木さんに、フォームが悪いんだわよ、それって言われてしまったよ、フォームが悪いんだ、俺」「それを指摘した高木さん、鋭いなあ。高嵜さんに基礎が出来てないことを見抜くなんて、ね」に辺り構わず、二人で爆笑した。

Img_2285全員ジャンケンをした結果、組み分けは、高嵜、松田、菅谷に萩原、そして塩野の白。対する赤は、工藤、草浦、長坂、松田サエ子+αというメンバー。向かい合って握手をした時、工藤さんが口にした。「白にこれだけ集まると、もう負けだわ」ジャンケンだから仕方がないが、そう言われてしまうと我々も、負けては恥ずかしいとプレッシャーがかかった。

P1010139 波も穏やか。天気はいい。天幕も張られた。不味いことに、いい訳無用のコンディションだ。プレイの展開はというと、塩野さんを援護射撃しながら、高嵜、菅谷、松田とベテラン3人が順調に権利玉に成っていった。赤の工藤、長坂をこの3人が分断している間に、僕が5番ホールを陥れる作戦。これが功を奏して、早々と試合は決着した。よかった。ほっとした。敗れた赤からは不思議なことに長坂2,草浦2,サエ子1という合計5本のホールインワインが上納された。ホームランを5本打ったのに、毎回足で掻き回されて試合に負けたという野球のようなものだった。

2回戦には充分な時間が創れた。意気消沈したわけではないが、先約の用事があり、工藤さんが抜けた。組み合わせの仕切り直しをした。白は高嵜、萩原、塩野、松田サエ子に対して、赤、松田、菅谷、草浦、長坂となった。ゲームは終盤、ホームホールでの勝負、高嵜・萩原対松田、菅谷、草浦となった。が、高嵜、萩原の連続スカが響いて自滅。敵を上がらせてしまった。昼食のファースト・シッティング組、菅谷さんは食事時間を気にしていたが、時間内での悠々の戦いぶりだった。今日は11敗となった。
P1000303 高嵜さんと僕が顔を見合わせた。「やっぱ、フォームが悪いんだ、俺」、「直してくださいよ、早くに。日付変更線通過のリーグ戦までにね」。

 

昼食は、好物の稲庭うどんだった。かなりの回数、うば、うどん、素麺が昼食のメニューに追加されている。麺類の時は、レストラン前に、その銘柄が現物で示される。P1010125 全国各地の麺類が出されるが、船客も自分の県の名産品だと、テーブルでもそれが話題になる。ほてった体をシャワーで冷やした後の味は格別。油のないさっぱりとした食べ方は、パスタにはない。日本人だなあと感じる。

ところが今日、虹鱒のアーモンド焼きが出たのだが、ある客の食べ方が気になって仕方がなかった。その男性は、ナイフとフォークで鱒の身を外し、ナイフの上に身を載せて口に入れていた。そこまではいい。しかし、鱒の身を口に入れた後、小骨を皿の上に西瓜の種のように、吹いて落としている。向いの奥様もたしなめない。右隣の親しそうに会話する客も素知らぬ様子。寄港地で買われた高価な身なりに余計違和感が出る。気になることと言えば、メインショーで、いつも野球帽を被って観ておられる初老の方だ。奥様が注意なさらないのだろうか。いずれも、亭主関白様に連れてきて貰っているという遠慮があるのだろう。いや、言っても聞き入れてくれないのよと嘆かれそうだ。さすがに、昔のように、フィリピンスタッフに「ちょっと、あの、ねえちゃん」と呼びかける声も、バスタブの外が泡だらけという事件も聞かなくなった。まだまだ増え続けるクルーズ人口だが、盛況の裏で日本人がどう観られているかが気になる。船内ではまだしも、オーバーランド・ツアーでホテルに泊まったりする日本人船客が寄港地でどう見られていくのか、国内感覚でいる船内と下船して露呈するシニアの国際感覚に問題は残る。乗船前に船客のマナー講習会が必要になるほど、クルーズ人口の裾野が広がるかも知れない。現地の人の目を考えれば、ソシアルダンスの講習会よりも先になる。このままでは、スリッパのままでホテルの廊下を歩くようなもの。一歩船を降りたら、そこは異国なのだから。

 

デザートが終わるころ、カミサンに声を掛けてくれたご婦人がいた。同じテーブルに座る方だった。「エコバッグの絵、塗り終わりましたか?」930分からの水彩画教室で、染色絵の具を使って、布袋に絵を描いてきた時のお仲間のようだ。「フラもお上手で…」これは、先日、ドルフィンホールでのアイランド・ウインドの演奏の最後に、フラダンスの受講生に踊りましょうと呼びかけられて野村道子さんとカミサンがステージに出ていったときのことのようだ。事前にフラの先生からステージに出てきてくださいと、全員に要請されていたのに、他の方に尻込みされて、スポットライトを浴びたのは、その二人だけだったという恥ずかしい体験である。そんなこんなの話から、ぽろっと「名古屋から来ました」という。「ウチの主人も名古屋出身です」とカミサンが明かすと、そのご婦人が高校は何処かと訊ねた。「名古屋学院です」と僕が答えると、「松永先生ご存じですか、私、中央教会です」「ああ、(「聖書購読」科目担当の)松永さんは楽しい先生でした。彼は中京教会の牧師でしたが…、我々は、長塀町時代です。金城学院と電停を挟んでいた時代です」「教会は?」名古屋教会とか熱田教会とか言いたかったが、洗礼は受けていないので「中高は音楽部で聖歌隊も兼ねていました。宗教主事の柴山満先生の指導で」「あらあ、懐かしい、柴山先生のお名前をここで耳のする、とは思いませんでした」「私の恩師の一人です」

一気に時代は昭和30年代に戻った。「06年の世界一周クルーズでは名古屋から乗船した方が多かったですよ。今回も小牧の長谷川さん、呼続の高木さんと、いらっしゃいますが。申し遅れました、萩原と申します」「え、あのMOPASの『海』に、デッキゴルフのこと書いておられた方?」「ええ、そうです。お読み下さったのですね」「渡辺と申します。じゃあ、毎朝やられているのですね」「殆ど毎朝ですね。あと、僅かになりましたが、宜しくお願いいたします」日本へ向かって、あと1週間という今日、柴山先生をご存じの身近な方と知り合うことになろうとは、世間は狭い、船は狭い。

 

午後は、盆踊りの練習や藤原ドクターのスペイン徒歩90km横断の講話、甲板部による名札のエッチング教室などがあるが、専ら航海日誌を書く時間にして、自室でパソコンを叩いた。
シャチが1頭、鯨が1頭、操舵室からアナウンスされたが、現在の状況ではそれ以上は望むべくもないようだ。なぜなら、時期的に小笠原の鯨さえアラスカに集合しているのだから。アナウンスに一喜一憂して右往左往する4階のデッキの有様が目に浮かぶ。

カミサンは、1530分からのアートクラフト教室「カルトナージュ」とやらいう、写真立てを制作に出掛けた。愛犬・ボズの散骨は何処の海洋で始めるのだろうか。

 

メインショーは、バリトンの浜鍋章盛と理代夫人ピアノによる「名曲コレクション」だが、部屋の中継TV画面で聴くことにした。「蚤の歌」から、ピアノ連弾、「ポルカ」も「ワンダフル・ワールド」もと何でも有りの盛りだくさんだった。

今夕は、瀬戸ご夫妻とお約束の日だ。センターテーブルに席が設けられていた。和田希公ちゃんと我々5人以外、誰も中央のスペースで食事をとる姿はなかった。

瀬戸さんは、モーレアを大層気に入られたようだった。これ以上、欧米の影響を受けて欲しくないという気持ちには同感だった。ホノルルのレストランでFX(スーパードライ)を抱えた猫が多く置かれているようですが、と話題にした。「ああ、ラッキーキャットのことだね」ところが、キリンも同じ猫をしかも、ゴールドキャットで一番搾りを抱きかかえていたことは伏せた。キリンの一番搾りをシンプルに「イチバン」とだけして、託した戦術は、外人が覚える「サイコー!」と同意義となり、口にしやすい点、巧いとライバルを褒めておいた。このにっぽん丸の自販機で売れ足が早いのはスーパードライである。

 

食後にネプチューンバーに出掛けた。長坂さんが待っていた。「航海クラブ会報」を頂いた。なるほど、渡辺船長を中心にこうしたクラブ活動が存在していることを初めて知った。30周年を迎えたと言うことは、日本のクルーズ人口の礎であると言える。長坂さんと知り合えたのは嬉しい。ラストクルーズがもっと先であるように願いたいものだ。

飲みながら話した中で、またまた出てきたのは、にっぽん丸での「ダンスタイム」だった。教室の延長をこなす人たちに占拠されて、しかつめらしい競技ダンスの一端を覚えて実践している、あれは何だと長坂さんも嘆いた。尤も、にっぽん丸に限らず、日本客船はどこもそうらしい。カジュアルな外国船に乗ったとき、この踊り方を実践したら、日本人のセンスを疑われるなという点で心配し合った。夫婦が気楽に踊りあう姿がない。そうした空気を創りだしてもいない。教室の練習場になっている。フロアーに点線が書かれているような、堅苦しいダンスが夜になってもなされている。一体全体、こうした空気は楽しみを損ない、いかにも後進国の頑なな懸命さが感じられる。ダンスは本来、男女が気楽に語り合いながらリズムに乗るものではないか。ライセンスを取るでもなく、社交デビューする年齢でもない。フォー・ドルフィンの生演奏が勿体ないぞ、可哀想だぞ、と共鳴した。

 

2㎝と4㎝」の話も面白かった。海が荒れてシャワーコーナーから洗面所に水が溢れる話だ。03年次に乗ったときは、このコンパクトな設計に驚嘆したものだ。僅か2㎝の段差で、水を受け止めて排水溝に流すという計算が凄いと。ところが、今回は洪水?の経験をした。長坂さん曰く、「ぱしび」は4㎝にしてあるため、その点は大丈夫だと教えてくれた。2㎝でも、溝の切りようで溢れ出ない方法はあるのだが、掃除がしにくい。4㎝に慣れないと、縁に躓くお年寄りもいるそうだ。では、今後は「3㎝」で手を打とうと笑いあったが、にっぽん丸の新造船がそろそろ出来るという噂が現実になったとも、もう乗れないだろう。人工透析の設備が載ったとすれば、それなりにクルーズ料金は高くだろう。

そんな話に石橋爺が入ってきた。手にしたタバコが「エコー」だったのに、これまたびっくり。まだ発売されていることを知らなかった。パイプも楽しんで、38歳で禁煙した僕は、既にタバコの値段すら正確には知らないのだ。ひとしきり、昔のタバコの銘柄の話になった。「ゴールデンバット」「朝日」から、父の好きだった「ラッキーストライク」まで切りがなかった。石橋爺の話が遠くなりかけた。森田さんにチェックを頼んだら、渡辺登志さんにも草浦さんにも、もう少し飲もうよと引き留められた。が、体はもう眠っていた。明日の晩を約束して、部屋に戻った。

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