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2007年10月14日 (日)

07.06.08 日本へ3

430分と、645分に足が攣ってしまった。その度に起きてしまうのだから、睡眠不足になる。決まった時間に足が攣るので目覚まし時計が要らないのだと言う石橋爺と違って、僕の場合は不規則なだけに始末が悪い。歩いたわけでもない。踊り疲れたのでもない。ビールの飲み過ぎということではあるまいが、カリュウムが増えてきたのだろうか。生野菜もフルーツも控えているのだが。腎臓が弱ってくると足が攣ると言われる。自重のしようがない。バンテリンのスプレーよりは、軟膏をしっかり擦り込んだ方が効きそうだと思い、膝の裏の大腿部にそれをべったりと擦り込んだ。いつ再発するか気になる。窓の外を見ると、島影もないだろうに、海鳥が船と並んで飛んでいる。

 

『皆様、まもなく、本船の右舷側にイルカの群れが通過いたします』

740分だった。廊下を走り出していく足音が聞こえる。足が攣る身では、撮りに行く元気もない。いきなり走り出したのでは、筋肉が柔らかくなってもいない。どうせ、先回のように小さなイルカだろうと勝手に思いこむ。

最近は、八点鍾の前に、航海士による一口話が語られるようになった。これまでは、鐘についてであったが、今朝は、船の容量を表すトンについてだった。

 

『フランスからイギリスにボルドーワインを運ぶ15世紀、大樽を何個積載できるかが重要でした。その大樽を叩くと「トン!」という音がしたことから、トンが使われました』

なんだか、頓智話に聞こえる。こうした話は船に多い。ドレスコードがインフォーマルの日は終わり、残すはフォーマルデーが1日だ。そもそも「背広」は、ロンドンのセヴィル・ロードから生まれた当て字だが、女学生のセーラー服は、海軍から。「ダブル」のスーツは、船員の制服からだ。強い海風で服が煽られないように、しっかりと左右にボタンをつけたところから始まった。フォーマルスーツの「カインドウエア」や、「御幸毛織」の広告を担当した者としては知っていて当然のことだが、船のことは知れば知るほど面白い。あのタイタニックの4本煙突の1本はデザインのための飾りだったということ、大惨事以降は全世界でSOS信号は活かされたし、万が一船が傾いても救命ボートが片側だけで全乗船客を乗せられるに足りる装備が条約で決められたりした。英国の商務省ルールでは、1万トン以上はボートを16隻以上と決められていたが、45000トンのタイタニックは、折りたたみボートを入れても20隻しか積載していなかった。64隻の計画がコストで削減されて出航した。いつの時代にもある政府の古い規制が変更されないままだったことなどだ。今朝も平穏無事の航海日和のようだ。

 

Img_2303『北緯26°59′、東経178°56′。北東の貿易風が南風に変わりました。日本の夏を思わせる海の色です。速力19ノット、時速35k、天候は晴れ、南の風6m、気温26℃、水温27℃、波の高さ約1m。1110分に日付変更線を通過します。西半球から東半球に入ります。521日にダブった分を返し、明日は、610日になります。シャチ、鯨を観られたかたもおられましょうが、今朝のイルカは残念ながら、本船に近づいてはくれませんでした。今朝早くから、足の赤いアカアシカツオドリが、船で羽を休めてはトビウオを捕まえています。今夜は、夏祭り、縁日の屋台も出ます。どうか、夏の宴をお楽しみ下さい。終わります』やはり、イルカを撮るのは無理だったのだ。

 

朝食に出るよりも、体の疲労感をなくすほうがいい。デッキゴルフはイベントのため、ナシだ。朝食からカミサンが戻ってきた。「ニックがね、ヨーグルトだけでも食べさせて下さいってね、3個も渡されたのよ」こういうところが、2万トンクラスの親密感ある船旅なんだろうな、と感謝する。飛鳥がホテルなら、にっぽん丸は老舗の旅館だというのは、こんなところにも実感できる。

 

945分から1階シアター、廊下を隔てた至近距離でカメラマンの水本君による「スライドショー」が行われる。そこへは顔を出せるだろう。攣ったら、数歩で自室に帰還できる。

数分で満席になった。盛況である。他の教室と重なっていると試写希望者が多かったらしく、もう一回上映会を開くことにしたと蘇君から追加発表があった。今回は、世界一周クルーズのケースと違い、CD化の予定が立っていないことが船客に知れ渡ったからだろうか。寄港地の最後を離岸したから、試写されたのだが、まだまだ船内イベントは続く。それが再びフィナーレに映し出されることになっている。

 

スクリーンに投影された。音楽も入れ、キャッチ文字が巧くレイアウトされ、それがナレーション代わりをしている。そういえば、06年次では、東さん自らがナレーター役をしていたことを思い出した。写真素材の大半は、3階に掲出されている、ウエブ発信済みのものに数点加えられていた。約30分だった。

僕の感想を辛口で書くと、スクリーンではかなり粒子の荒れが目立ったこと、露出がアンダー気味であること、それでいて、南洋というディステネーション特有の強い日射しが写し込まれていないこと、ツアー客と異なった風景の切り取りがさほど無かったことだ。これまでの東さんの鋭い視線は、長野オリンピックで鍛えた洞察力と、ヨットマンの知識、そして、ジャーナリストとしての視点、最後には奥様の感じる観光客と等身大の喜び、何よりも、足を使って、あの写真一枚一枚が写し取られていたのだと、あらためて感じ入った次第。水本君が見せてくれたものもあった。空撮で撮ったクック湾でのにっぽん丸、そしてホノルル空撮で大きな虹を架けられたにっぽん丸、そして昨夕のグリーンフラッシュ。彼の持ち味は雄大な風景を目の当たりにしたときの、いわば「ポスター・ショット」「カレンダー・ショット」はさすがで、面目躍如である。

 

掃除のために部屋をあけてあげようと、サロン「海」で珈琲を飲む。P1000208 毎朝、デッキゴルフに打ち込んでいる時間に、船室の掃除とベッドメイキングがなされる。この時間、各教室に参加しない人には、プールやビューティサロン、カードルームに出掛けるか、ミッドシップバーやライブラリーなどパブリックスペースが歓談の場になる。

11時、ドルフィンホールに向かった。ラストのビンゴゲームが始まるのだ。先回、左舷側から入って、黒川君の手にしたビンゴボードの一番下から引き抜いたことで、早くにビンゴとなって、「ノットボード」を貰うことになったのだからと、今回も縁起を担いで同じことをした。左舷側の横に座った。手に入れたい獲物は「イヤーズ・プレイト」だった。我が家には、03年次に売店で買ったそれが飾られてある。

今回は、ビンゴの番号が整わなくて、それは他の人の手に渡ってしまった。残るは、10万円クルーズ券を手にするチャンスもラストとなった。箱から噴き出す玉の番号を決して呼ばれないことが条件だ。ツキのない人にご褒美という趣向だ。どういう訳か、これがいつも乗船できそうな富裕層に当たるということだ。納得できない。数回はやり過ごしたが、結局はボードにある番号が読み上げられ、敢えなく失格した。カImg_2311ミサンも駄目だった。これで次回のクルーズへの足がかりは消えた。

数回の読み上げをかいくぐった人が立っている。その中に高嵜さんの姿があった。最後の二人にまで残ったのだが、結局、別のご婦人の手に渡った。惜しかった。

 

昼食に少し遅れた。カミサンを探したら、なんと、星野ファースト・パーサーと瀬戸ご夫妻の隣に座っていた。既に、デザートに切り替わっていた。これまでの寄港地での感想を互いに話し合っていた。そばが今日もメニューにあった。僕は、それだけで済まそうと頼んだ。いつものように、二枚目を頼んだが、出し汁が普通に塩辛かった。減塩されたものではなかった。スタッフが間違えて持ってきたようだ。そのまま食べてしまった。お茶を何杯も飲んだ。体の中で塩分量が減るものでもないのだが、気休めだった。

星野さんに訊いてみた。マウイのラハイナからホノルルに向かう進路が随分とハワイ島の位置まで南下したことについてだ。「ハワイ諸島に接近して3日間も経っています。アメリカの環境条約で、大型客船等は沿岸距離の規定が厳しく、外洋に出て行って一旦排水をする必要があるのです」というのが答えだった。「思っているほど、そんなに南下したわけでもないのですよ、ナビの海図は、拡大してTVに映し出していましたから」に爆笑。

 

「日本の造った道には、溝があるんですね、きちんと造ってあるんですよ」瀬戸さんがみんなの顔を覗き込むように投げかけた。一転、話題は、ODAとなった。最初の寄港地、ポンペイの舗装道路だった。

我々の観光ガイドは、中央にラインが引かれているのが日本の造ってくれた道路だとしていつも感謝して走っているとは言ってくれたが、それ以上のことは認識がなかったようだ。雨量の多い島では、その溝が大きな効果を果たす。工事をする際には、日本の技術の緻密さというか心配りをも、島民に啓蒙しておくことは必要だなと思った。なぜなら、その後の話はこう続いたからだ。

「日本の統治時代はよかった。我々に働くことを覚えさせてくれた。教育も施してくれた。しかし、米国統治になってからは、機械の便利さとカロリーの多い米国食の導入で、島民は楽をするようになり、病気も増えた」そう言って、親日感の高いことを言ってくれましたよと、瀬戸さん。Img_2318

 

食後、パソコンを叩いていると、高嵜さんから電話を貰った。デッキゴルフの教室が予定時刻で今日は終わったこと、レギュラー・メンバーが昼下がりの戦いをしようと言っているとのことだった。今朝はプレイしていないので、みんなウズウズしているのだ。

1515分から始めた。松田、塩野、高木、野村は、高嵜、工藤、草浦、ミセス高木+αにやられた。我々独自のルールである、「ホールイン・ワイン」は一挙に4本も出た。ハット・フィッシュ塩野1、ショットガン・トール高木1、デッキダンサー高木2である。多発するということは、それだけスティック捌きが巧くなった、距離感がコントロールできているということだ。対戦相手に手強いプレイヤーが増えてきたということだ。日付変更線通過リーグ戦がまた面白くなる。

 

P1020981 P1020980_3

デッキに備え付けられた小型スピーカーから『ただいま、前方11時の方角に鯨が潮を吹きました。鯨は1匹です。海面に潜ってしまうかどうかは判りませんが、お知らせいたします』

「鯨が一匹」には驚いた。二宮航海士も慌てていたんだ。「おいおい、文部省~、どうするんだ~あ!」スピーカーに向かって野次が飛んだ。ああ、いまは、文部科学省と言わなければならないのだ。カメラを持ったり、望遠鏡を握りしめたりした船客が後部デッキに押し寄せたが、鯨は姿を見せなかったし、時間的には既に遠ざかっていた。

 


P1020984 P1020986 P1020983 夕食は「夏祭り」と称してビュフェ形式だ。レストランスタッフは、日本人もフィリピンスタッフも、背中に大阪商船のマークが入ったはっぴ姿で、豆絞りの手ぬぐい、ねじり鉢巻き。中央には、青い日本傘と団扇が飾られている。今晩は、いわゆる懐かしい日本食だ。となると、醤油味が当たり前だ。ちゃんちゃん焼きも大きな鍋で出てきている。焼き鳥、おでんもある。ところが残念ながら、今の僕には食べられるものが少ない。二人前の寿司と、マヨネーズを付けたP1020985 P1020996 タコ焼き、それに懐かしいラムネ瓶を取った。昨夜辺りから酒を身体が受け付けない。焼酎も飲み飽きたのか、美味く思えない。飲めるのはビールくらいだ。食後は、アイスクリームと濃いウーロン茶にした。

食事をしながら眠い。足が攣って起きたことによる睡眠不足だと思う。同席した神戸のご夫妻との話で、「○○ナイト」での服装の話になった。

「○○ナイト」ですと言われることで、これから向かう先の未だ見ぬ国に期待を込める気持ちは高揚するが、だからといって、その国に因んだ服装でお楽しみ下さいとは、どういうことでしょうね、と言う意見。寄港地の気分を高めてくれるのはむしろ、スタッフの側の役目で、船客はそれを受ける側です。客側がその寄港地の雰囲気を共に味わおうというのなら、寄港地を離岸した夜に、その名残りの気持ちで「○○ナイト」をすればいい。現地で買ったシャツもパレオも、これ買ったわよと自慢しあって楽しめばいい。時間がなくて食べ損なった現地料理も、船客用に味付けして出してくれれば、有り難い。初めて乗船された方の戸惑いだ。未訪問国を盛り上げるのか、それとも惜別かだという。僕らもかつては、全く同感だった。たぶん、初出航した方々の偽ざる気持ちだろう。

 

Dsc02584 食後、船内に祭り太鼓の音が響いてきた。「夏祭り」03年次には、ゆかたを持ってきて踊った。06年次は飲む側に回って踊らなかった。07年の今回は、縁日を見に行っただけで踊りも見物しなかった。洋上で、盆踊りの雰囲気を醸し出すとおいうのが、なんとも郷愁を誘ったのは最初だけだった。船という箱物は、来る日も来る日も店内改装しているようなもので、現場に余裕はないのだろう。この船も神戸に着いたら、翌日からは、利尻礼文島へのクルーズに切り替わるらしい。

しかし、長期の乗船客は、相当の金額で期待して乗ってくるはず。この南洋クルーズ、乗船客にリピーターが80%ということが判明した時点で、新しい催しを企てるというのが、本来のサービス業なのだが、年々夜見世の創りも楽しませ方もマンネリ。可も不可もないルーティングワークになっている。正直、このイベントの道具立て、仕掛けに飽きてしまったのだ。初の世界一周クルーズを成功させた商船三井客船。船内でのイベント企画の多くが、にっぽん丸をベースにして模倣されていったらしい。その自負心を忘れないで欲しい。老人ホームから乗船して来ている船客も数人いると聞く。老人を老人として受けるのではなく、若い気分にさせることも考える。ノウハウの積み上げが、さらに新しい魅力を創り出すことになってほしい。クルーズ人口のジェネレーションは、徐々に若返る、はず、である。これをもし、社内イベント好きのリクルートにプロデュース試案を外注できたら、どれほど面白いお祭りものやゲームが出来上がるだろうかと、ふと思ってしまった。

 

僕は、この時間を利用して、来たるデッキゴルフリーグ戦の組み分け籤をメンバーに引いて貰おうと、祭りの街を走り回った。人混みの中で人を捜し回っているのは、映画のワンシーンのようだった。見つけては引いて貰ったが、残る最後は、草浦さんか、塩野さんだ。どちらかが探せればいい。2階のエントランスホールの階段を降りてくる塩野さんを見つけてようやく、全員の3チーム編成が出来た。急いでパソコンを叩いて、各部屋にプリントを配り終えた。ライブラリーでメールをチェックする。姫路の山縣さんのメールで、日本列島は地震や雷雨で荒れているとのこと。生まれる孫のことを考えると、どうか平穏無事に過ぎてもらいたいものである。

ともかく眠い。足も攣りそうな兆しがある。疲れた。盆踊りもたけなわの頃、眠る。

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