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2007年10月27日 (土)

07.06.11 日本へ5.

午前3時にはすっきりと目が覚めた。しかし、これも時刻改正のおかげで、6時間は睡眠を取れたからだ。しかし、まだ起きるわけにもいくまい。波も穏やかだ。もう一度眠る。再び、自然な目覚めをしたのが、620分。もう充分な睡眠時間だった。ナビは、北緯31°48′東経164°43′の位置である。水平線は見えず、ガスっている。ゆったりとした大きな波の中を航走している。ピッチが合っているのだろうか、揺れも少ない。195ノットだから快調である。

昨日、船室のマグネットを撮り歩いたが、その殆どがブレていた。やはり、波が船を揺らせていたせいだ。P1030039P1030042 「マグネット」とは、ドアに各自が付けているマグネットのことで、03年世界一周クルーズの時は、廊下を歩きながら奇異に感じたものだ。奇数ルームの右舷、偶数の左舷と解っていても、番号を忘れてしまう。 このため、各自が思い思いのマグネットを乗船時に持ち込んで貼り付けている。猫好き、犬好き、釣り好きも一目瞭然。例えば、オートボP1030071 P1030033 ケ・デビル高嵜さんは、ワインとジョッキ。スレンダー・アーム野村さんは、スニーカーといった具合だ。もう一度、再撮に歩き回った。

 

P1030044 P1030047 7時には、2階のレストランに上がってきてしまった。まだクローズだった。

オープン前に来たのは、今回のクルーズで初めてだ。工藤さんが近づいてきた。「今日あかんわ、試合。雨やから」朝のラジオ体操を終えてきたのだ。トレーナー姿の野村さんも来た。「ざざ降りよ、ね、どうする?」参った。日にちが無くなった。昼から晴れてくれないか。

早い時間にセンターテーブルの洋食の席から見渡すと、なるほどなるほど、いつも定席に座っているというのは、こうした時間に来ているからなのだと納得した。今朝も紙焼きした写真を配るため、歩いた。高木夫妻、松田夫妻が現れた。塩野さんと渡辺さん以外には渡すことができた。

『北緯31°55′、東経164°23′。横浜港には丁度、北海道から沖縄までの距離にまで近づいています。速力185ノット、時速34k、天候は雨、東南東の風14m、真後ろからの風を受けて快調に走っております。しかし、太平洋上の前線区域に入りました。明日はいくらか穏やかな日を迎えると思いますが、日本も暦で入梅の日です。沖縄は511日から梅雨入りしました。気温205℃、水温166℃、波の高さ約2m。』

 

今朝から左手が痺れている。左足も痺れ始めた。気になる。

朝食を終えて今後のリーグ戦予定を勘案するため、高嵜さんを待ち伏せた。そこへ、過日お叱りを受けた初老の方が出てこられた。Sさんというお名前だけは人から教えられていた。デッキゴルフを始めた最初の船客だと言われる当時を是非お聞きしたいとお願いしてみた。程なく高嵜さんも朝食を終えて出てきた。インフォメーションデスクであらためてSさんのルームナンバーを訊く。電話した。

「何ですか?」先ほどお願いしたのにと首を傾げながら、「デッキゴルフのことでお話を」「何処で?」「レストランを出たところで」「ロビーだね」そして待つ。松田さんも、菅谷さんも集まった。高嵜さんと、4階から降りて来られるにしては、遅いなと時計を見る。既に10分が経つ。もう一度、インフォ・デスクにルームナンバーを訊く。今度は違ったルームナンバーが返ってきた。電話をすると、Sさんは待っておられた。自室に来ないかと誘われる。

ここでようやく茶番劇が読めた。最初の番号は菅谷さんの部屋だったのだ。だから、僕の電話でロビーに来てくれたのだ。Sさんをいつまで待っても現れるはずもなかった。大笑い。高嵜さんと二人で左舷側のSさんの部屋に向かう。

Sさん(83歳)の話では、1994年の「ふじ丸」で、カリブ・アラスカクルーズに乗られた折、猪狩機関長に教えられたとのこと。当時「「ポート&スターボード(船内新聞)」に初めて載った「デッキゴルフ」という文字を見て参加したそうで、船客に絵の上手い建築家がいて、鉄の甲板に4箇所ほど、ポンドの図として鯨を描いてくれたそうだ。現在の「にっぽん丸」よりも広かったことが判る。勿論、歴史的には、それ以前の「あるぜんちな丸」で既にデッキゴルフそのものは始まっていたのだが、船客が描いたという話が聞けたのは何よりだった。

やはり、当時も楽しかったと見え、8人でプレイしても3組が組めるほどいて、午前午後と分けなければ、順番が回ってこなかったそうだ。シャッフルボードの横突きスタイルから、縦に握る今のスタイルになったのは、1944年当時の「ふじ丸」で狭かった結果だったという。この点は更に検証しておきたい歴史的な節目である。なんだか、四つ足の猿から二本足の人間になって、立ったことのようで面白い。まだ、川野チーフパーサーが1本線の身分だったころだそうだ。

猪狩機関長は、どうやら、1940年生まれで、僕や長坂さんと同じ歳だ。なぜ、デッキゴルフをしていた中心が歴代の機関長なのだろうか。Sさんの話を一緒に聴いている高嵜さんは、神戸商船1期生であるから、それよりも前の花岡、武谷機関長時代の歴史まで遡れる。今でもその方たちと交流を持っているからだ。会談の結果、「自分がデッキゴルフの最初」という点はSさんが撤回されたので、デッキゴルフの成り立ちは、それ以前に戻すことが出来そうだ。いずれにせよ、デッキゴルフというゲームに病みつきになった我々の仲間は、歴史とルールを検証しておく必要がある。楽しめるゲームだということをもっと知らせるために何かできることはないのだろうか、高嵜さんとはそんな話をしながら2階に降りた。

 

高嵜さんが天気図を読んだところによると、不連続線に沿って航行しているので、明日の昼まではこの天候が続くとの予測だった。以降、日本への航路は霧の中が多くなるらしい。そうなると、ますますリーグ戦3ゲームの消化は難しくなった。

食事2回制では、当然のことながら2倍の食事時間が費やされる。また夕食時前にメインショーが組まれていることから、船内の自由時間をかなり少なくしている。さらに、今夜はフェアウエル・パーティのため、フォーマルデーとなっている。和服で出席する工藤さんは美容室に時間を要する。その工藤さんが出場可能な時間を捻り出さねば、彼女がプレイできないままになる。何とか2日間で3ゲームをこなすには、チームの再編成しか方策はないと判断し、ファースト・シッティング組をひとつのチームに固めた。

 

A ロング・キング松田:ナイス・チョット松田姫:ネプチューンスター長坂:スレンダー・アーム野村

B キラー・コンドル菅谷:シビ・ベレー草浦:ハット・フィッシュ塩野:スイスイマダム工藤

C オートボケ・デビル高嵜:マダラ・サムソン萩原: ショットガン・トール高木デッキ・ダンサー高木

この編成を承認後、開始時間も1530分から、とにした。パソコンで打ち、プリントアウトして、急いで5階から2階まで各室にポスティングして回った。


昼食には、少し遅れた。同じテーブルには瀬戸ご夫妻の姿があった。ナイスタイミングで、これまでの写真を渡すことが出来た。クルーズ人口の増大のなかでサービス業はどうあるべきか、また実施するアンケートから何をいかにしてどれだけ顧客の潜在要望を読み取るか、と瀬戸さんとは、すっかり広告主と広告会社員になった。奥様もカミサンも共に意見を言い合える話題だったせいか、にっぽん丸のサービス談義で盛り上がった。昼食にしては、軽くない話だった。これからも是非クルーズを続けてくださいよ、というエールを頂いた。気持ちと預金が反比例しています、帰国したら先ずやること、宝くじを買うことですと笑って終わった。

 

1415分、NHKテレビの電波が入るようになったが、まだ民放のチャネルは砂嵐だった。

後部デッキの教室の様子を見に向かった。終了時間を見計らって、メンバーに招集をかけたい。5階から見下ろした教室は人数としては大盛況だった。数えてみると14個のパックが使われていた。高木夫妻の姿もあった。打つ順番がなかなか来ないと、ダレ気味の人もいた。リンクのスペースとしては、やはり8人以内が最適だろう。34番ホール抜きだという。長い距離を打たせる練習は必要だ。ロングショットの爽快感は、自分の打ち出す角度次第で、大きく的を外す。正確なショットを確認させるのには有意義だ。

天気は少しずつ荒れて、気温も下がってきた。教室の14人がすべて5番ホールをクリアするのには、1515分までかかった。菅谷さんが、長坂さん、塩野さんが姿を見せて、徐々にメンバーが参集していた。最後に高嵜さんが現れて全員揃った。

1530分、ようやくにして「日付変更線通過記念リーグ戦」の初戦が火蓋を切った。
A組は、松田夫妻と長坂、野村。C組は高嵜、萩原、高木保彦、高木敏恵の夫妻。

我々が先攻となった。教室終了直後ということもあって、身体が巧く動いている高木保彦さんが1,2番ホールを次々にクリア。見事なスティック捌きで飛ばす。その高木さんを高嵜さんがガード役で追走していく。我々は敵の長坂さんを徹底的にマークし、2番で抑え、さらに4番で抑え、援護しようとするリーダーの松田さんの玉を止めた。僕も、高木敏恵さんをフォローしながら、3,4番をクリア。その時点で、既に高木保彦さん、高嵜さんは5番ホールを通過して権利玉になっていた。後を追って、高木敏恵さんと僕が権利玉となっていく。快調にゴールホールに集結した。試合展開の終盤は、高嵜・萩原の二人で、ゴールに向かってくる敵4人を応撃する体勢を取った。

何度かの攻防戦の中から僅かなミスを逃さず、全員をOBラインに撃ち出した。敵が休んでいる隙に高嵜さんが悠々とクリア、ゴールした。敵が順々に玉をアップしたものの、僕も至近距離からゴールができた。完勝。まずは先勝。次の対戦相手は、C組(ファースト・シッティング組)の菅谷・塩野・草浦・工藤となる。

急げばまだワンゲームは出来そうだった。審判を勤めてくれた菅谷さん、塩野さんがウズウズしている。有志だけのゲームをすることになった。夕食前のメインショーより、デッキゴルフを選んだ。古今亭菊の丞さんには、申し訳ないが、「海」での最後の落語は聴かないままということだ。

ジャンケンで、白が高嵜・萩原・高木敏恵・長坂、対する赤が、菅谷・松田・高木保彦・塩野となった。ゲームはかなりアップテンポで進んだ。高木敏枝敏恵さんを最初にゴールしてもらった。フォーマルドレスの準備に帰って下さいと、男共が口を揃えて言う。彼女は足早に去っていった。ドルフィンホールではカクテルパーティの準備が始まったようだ。グラスを置くテーブルがデッキに引き出されて来た。4番ホールの横にそれが置かれた。それが障害物とはならず、勝負の場は都合良く、5番ホールに移っていた。夕闇が迫ってきている中で、いい老人達が玉叩きに興じている。パーティの準備をしているフィリピンクルーも、デッキに出てきた平野カメラマンもあきれ顔だった。ゲームの終盤は、高嵜・萩原対菅谷・松田・塩野の2対3となったが、高嵜さんゴール、続いて萩原ゴールで、これまた絶妙のコンビネーションで勝った。写真は誰も撮っていなかった。雨にも降り込まれず、ゲームが終了した。今宵がフェアウエル・パーティでなければ、リーグ戦は2回こなせたのだ。ファースト・シッティング組の菅谷・塩野さん達は急いで消えた。これからシャワーを浴びて、タキシードを着るのだから大変だ。

 

明日は、スタッフ4名との雪辱戦が控えている。「船上の戦場」がラストとなるかもしれない僕の勝手で、スタッフに挑戦状を投げてきたのだ。過日は、好打者の田実君、小技の黒川君、未知数の浅間女史、そして手強い高嵜ジュニアを相手に負けた。負け組の菅谷・萩原に、助っ人松田・高嵜の4名で立ち向かう。小雨くらいなら決行である。床面が濡れようとも、06年次100戦以上をこなしたデッキゴルフメンバーの面子に賭けて、リベンジを計る。

 

部屋を出るのが遅くなったせいか、ドルフィンホールに続く左舷側の廊下には、早くもドレス姿の行列が出来ていた。みな最後の着飾りに精を出してきた様子だ。カミサンも僕も、大方は変わらない。僕はブラックタイからシルバーに、カミサンはお気に入りの和服のリフォームドレスに真珠。

白い正装姿のキャプテンらに迎えられて、ホールの中に入る。後ろの席に座ろうと回り込んだら、既に着席していた松田夫妻が目に入った。どなたかとお約束はないかと訊ねてみた。どうぞ、どうぞと手招きされて、ご一緒させてもらうことにした。早々と、我々の結婚記念日のプレゼントを頂いたことに、あらためてお礼を述べた。

今クルーズ、3回目のフォーマルである。慣れが出て、晴れがましさもドキドキ感もない。椅子に座ってしまうスタイルなので、いわゆるパーティのように船客との間を縫って歩き互いに紹介し合ったり、だべったりすることが出来ない。フォーマルウエアを褒めて歩く楽しみにも限りがある。

今回もカクテルは4種類。ステージでは、考案したバーテンダーがその内容を紹介している。「南国の風」、「サムライロック」、「梅シュワッチ」、「楽園の誘惑」がそれである。アルコール度数の強弱がメニューに示されているから、適宜スタッフの差し出すカクテルから選ぶのだが、ほかに、ビールやウイスキー、ジュースなどが受け取れる。

最後のフォーマルナイトとあって、カメラマンは引っ張り凧の状態だ。しばらくして、平野カメラマンが写真はいかがかと回ってきてくれた。松田夫妻にも入ってもらった。ステージでは、メインスタッフをステージに上げた白川船長が、ウエルカム・パーティの挨拶の後、今コースで期待した点を各自に語らせた。内山コンシェルジュは、ハワイ移住の夢をさらに強くしたそうだ。

 

場所を変えてディナーの時間になった。ドルフィン・ホールに向かう途中、松田夫妻と離れてしまった。P1000130入口で、特にお約束した方はいませんかと平さんに問われ、咄嗟にありませんと答えると、03年次で浜さん夫妻が定席としていた端の二人席に案内された。斜め左には高嵜さんと高嵜廣子さんのダンス仲間がテーブルを囲んでいた。デッキゴルフの仲間はどうしたかと見回してみた。 左舷側のテーブルには、高木夫妻と野村さんが一緒だったが、松田夫妻の姿は見当たらなかった。

帰国が迫った最後のフォーマルナイトの食事は、シェフが腕によりを掛けて献立を構成してある。だから、格別に美味い。ロウ・ソルトに特別調理してくれている僕の料理が美味いのだから、ソースをしっかり絡めたカミサンの皿はさらに美味なはずだ。

どこかのテーブルから、「大きな貝柱だなあ」という声が耳に入った。それは、貝柱ではなくホタテ貝である。そろそろ肉を避けておこうと思っていた矢先に、薄切りの鹿児島牛のステーキだ。口にすると、もう駄目だった。美味くて自制心を失った。レストランにも平野カメラマンが回ってきた。撮られましょうかと、座り直した。

食後のバリトン・コンサートには出掛けずに、早々にタキシードを脱ぐ。明日から下船までの衣服だけを取り出して、後は帰国後の洗濯物として片付ける。

 

2240分、早くも睡魔が襲ってきた。

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