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2007年11月 5日 (月)

07.06.12 日本へ6

時刻改正もあるが、3時に目が覚めていた。4時間は眠っていたことになる。そして、あれこれ、今回のクルーズを回想しながら、5時まで横になっていた。

Img_2385 朝が明けた。水平線がぼやけてきた。フォグである。舳先の映像が真っ白くなり、船窓の風景も寝ぼけている。速度を16ノットに落としているせいか、船の揺れは少ない。波もさほど立っていない。大きなゆったりとしたうねりである。

今日は、次男の嫁の帝王切開手術の日である。孫が生まれてくるのが気になるので5階にメールチェックに行った。5時だというのに、既に2人の方がメールを打ち込んでいた。手術に関しては何も入っていなかった。ならばと、ハワイで下船して京都に帰った鬼界さんへ、デッキゴルフの戦況報告をしておいた。

7階に上がってスリムビューティ・オートバイブに10分間乗った。なにせ、1時間歩いたと同じ運動量が下半身に与えられるというから、ついつい乗ってしまう。東京では1500円也だ。

4階に出て後部のデッキコンディションを下見に行った。4階も5階もデッキは水浸しだった。しばらく自分でスイープしていたが、二人のフィリピンスタッフに床面を拭いておいて貰えないかと頼んでおいた。6階のラウンジ「海」には、まだコーヒーの準備も整っていなかった。軽やかに叩いているピアノの音がしている。朝からエンタティナーの誰かがリハーサルかと覗くと、なんと、横浜の元女医さん、平岩さんだった。お嬢様育ちが背中に見える。お歳は80歳くらいだろうか。脇目もふらずに黙々と鍵盤を叩いている。とても清々しい光景に遭遇した。

 

740分には、レストランで朝食を食べていた。天井のスピーカーから、船長の声が響く。

『海も風も穏やかな朝ですが、霧が出ています。視界が1mを「霧」と言っています。北緯33°29′、東経156°23′。野島崎の860マイル、1600kmの位置に来ています。時速33k、天候は霧、南西の風10m、気温195℃、水温18℃、波の高さ約2m。東側に波長の長いうねりがあります。現在、前線の裏側に出ています。尚、本日を以て、船内時間は日本時間と同じになりました』

 

820分、後部デッキに向かう。フィリピンクルーが丁寧にスイープしてくれたお陰で、床面は早くも乾き始めていた。スティックを握ると、アルミのポールが手にべたつく。塩の湿気だ。パックを打ってみる。滑りが悪い。少し力を込めると滑りすぎる。手強いコンディションだ。コントロール出来そうもない。5番ホールからゴールへ、4番から5番へと、長距離の打ち出し角度とフルショットでの自分の距離ヤードを調べておく。ゴルフのパットの練習に似ている。20本くらい打った。5階の階段から女性が降りてきた。スタッフの浅間君だ。彼女は、剣道をやる腕っ節の強い打者である。練習を始めた。

彼女の打撃的中率がどの程度か、しばらく様子を見てみることにした。予想外に飛距離は短い。徐々に応援団、いやギャラリーも顔を出し始めた。メンバーのロング・キング松田、オートボケ・デビル高嵜共に長袖姿で現れた。今日の対抗スタッフ、破壊的強打者のアメラグ高崎(以下同じく仮称)、調律師で小技の巧いピアニシモ黒川、的中率確実のジーマメ田実も揃った。後はキラー・コンドル菅谷を待てば、開戦できる。野次馬大将になっているネプチューン・スター長坂が嬉しそうな笑顔を見せた。Cimg0161

 

95分、先攻は白組のスタッフからスタートした。スタッフ側のアメラグ高嵜の調子がイマイチだ。凄まじい強打力を発揮するのだが、スカも多い。高崎君の攻撃を封じるのに、徹底的に距離を長く保つよう、僕は秘かに提案指示した。涸れに焦りが見える。打ち出し角度が数センチ狂えば、的中率は自ずと下がるからだ。玉に当たらなければ、その勢いは遥か先にオーバーランする。戻るには、7人のプレイの後にしか打順は巡ってこない。局面は大きく変化してしまっている。さしもの高崎君もその対応に悩むはずだ。もう一つの策は、飛距離の短い浅間君を釘付けにすることだった。

白の軍団が1番でもたつく間に、赤軍は2番から3番ホールを陥れた。白は徐々に分断されていった。浅間君が、「孤児ハッチだわ」と叫んだ。ここで、ニックネームが決まった。「ミナシゴ・ハッチ浅間」と命名した。黒川君は、勝負処でやはり小技を決めたので、そのまま「コワザ・ピアニシモ黒川」、夏祭りでバチ捌きが冴え、「ボン・オドリズム田実」、打撃王には、「アメラグ・ショッカー高崎」のプレイネームを差し上げる。

Img_2365_612Img_2358_612_2 Img_2364ゲーム展開は、明らかに年齢差体力差のあるシニア組の我々が意地と練習量で、1打1打を考え抜いた。接近戦では勝ち目はImg_2379Img_2405ない。赤組に蹴散らされる。各自がその距離感がどう保てるかが勝負だった。その成果は5番ホールで表れた。

 白が全員権利玉になった時点で、赤は菅谷、松田の二人がホーム(ゴールホール)をクリアして20。高嵜・萩原で、ホームを狙う白の4人を迎え待つ体勢をとった。

Img_2381 白がホームを狙って撃ち込んでくる。次第に白が最終ホールに集まってきた。ギャラリーが固唾を呑む。1打を打ち損じると、赤の袋叩きに会う場面である。ホームに近づいて敵失を誘う高嵜式強攻策。ドボンされにくい延長線上に玉を置く僕。こうした繰り返しが何度もある。碁石打ちのようだという人がいる。ショッカー高崎が強打でミスをした。1番 ホ ール近くに流れた。強打者の玉がホームから離れた。チャンImg_2403_612スである。コワザ黒川、ミナシゴ浅間、3人を連続して場外に弾き出した。高嵜さんは先にゴールしろと言う。自力で一発勝負、約2ヤードを狙った。外枠に運良く入った。中枠に僕がクリア。独り残った高嵜さんは、例の誘導策に出た。確実性を誇る田実君は緊張パリパリ。ミスをした。ボン・田実は崩れるようにデッキに座り込んだ。結局、ミスを誘発した高嵜さんの勝ちで、ゴール。デッキゴルフのシニア組は、ギャラリー共々、雄叫びをあげた。遂に、若いスタッフとの雪辱戦に勝ったのだ。いい年寄りが肩を叩き合って異様な興奮をしていた。どんな大声も潮騒に吸い取られていった。

0165 勝者は敗者を引き込んで、無理矢理記念写真を撮った。喜びの「V」サインと、スタッフの泣きっ面「Λ」サイン姿を、仲間が証拠写真を撮りまくってくれた。

これで、デッキゴルフに悔いを残すことなく、下船できるというものだ。日本デッキゴルフ協会設立メンバーが、インストラクターに負けたと、後々言い伝えられては、150戦くらいしてきた老人のプライドが許さCimg0166_2ない!などと、勝てば官軍で勢いのいい啖呵が出るわ、出るわ。こうしてはしゃぎながら、我々船客は溜飲を下げた。

ふと、我に返って、この対戦を見守ってくれていたデッキゴルフのメンバーに咄嗟に問いかけた。「このまま、リーグ戦をこなしてしまいましょうか!?」。眺めているだけでウズウズしていたメンバーの答えは当然だった。C対Bの試合をする同意を得た。

となると、我々のCメンバーで不在者は、高木夫妻だ。同じ階のドルフィンホールをガラス越しに目を凝らす。いた。ダンスはジルバの講習の真っ最中だった。手信号で「デテコラレルカ!!?デッキゴルフヤルヨ!!」と合図を送る。急いで二人はデッキに出てきた。ダンスシューズの二人だったが、天気が崩れると、リーグ戦がノーゲームになることを悟った敏恵さんは、こういった。「服装はこのままでいいでしょ!靴だけ履き替えてくるわ!」保彦さんもそれに従って、自室に走っていった。

さて、対する菅谷B組メンバーを参集するには、草浦さんを船内で探さなくては始まらない。4階のカウンターから部屋の電話を鳴らしても誰も出ない。7階から6階のラウンジ「海」、3階の写真コーナー、2階のロビーと走り回った。そのロビーの階段を下りてくる見慣れた足元があった。「草浦さん、デッキゴルフ始まる、早く、後ろへ!」と呼んだその階段の上には高嵜さん、階段の裏に松田さん、そして正面に僕。なんだか、3人の刑事が容疑者を追い込んだような場面だった。エレベータのボタンを押して4階に上がって貰った。そこからプロムナードデッキまでは、ものの1分で着ける。Img_6871

 

こうして、(B)菅谷・工藤・草浦・塩野に対して、(C)高嵜・萩原・高木保彦・高木敏枝が顔を合わせた。ジャッジは松田、副審が長坂。先攻白玉は菅谷組がとった。時間制限無し。

Img_6853 Img_6846 慌てて集合を掛けた割には、高木夫妻のロングショットは兎も角、ショートが悉くスムースだった。この結果、3,4,5番ホールを陥れ、赤のCチーム全員が早い進行で権利玉になった。しかし、白玉を散らそうと余裕綽々で敵陣に踏み込み、甘い攻撃でミスが重なった。白の必死の抵抗で、むしろ我々が何度も叩き出された。こうして、敵に自信を与え、返って反発心を湧かせた結果、白も全員が5番ホールをクリアして権利玉になってしまった。白のスイスイマダム工藤がその名のImg_6849 Img_6847通り、いち早くゴールした。赤は高木夫妻に連続でゴールしてもらい、1:2。時間制限無しの試合だが、高嵜さんの判断は、時間よりも早い勝負を促した。僕も赤 玉をクッションにしてゴールできるチャンスが来た。ここで、二人が連係プレイするか、それとも先に上がるかが、迷うところ。高嵜さんからの「上がれ」のアイコンタクトで、僕もゴールを狙う。自力で上がれた。1:3となった。そして、高嵜さんが独りで菅谷・塩野・草浦の三人を待ち受ける。Img_6850 オートボケ・デビル高嵜の戦略は、敵失を誘い込むことだった。ゴールに集まってくる赤玉を利用してゴールするつもりが打ち損じ、惜しいチャンスを潰した。結局は、白玉の連携プレイで、次々ゴールされ、最後の一手違いで負けてしまった。スタッフ対抗戦で勝負した高嵜策をキラー・コンドル菅谷に見抜かれたとでもいうか、二度目は通じなかったのだ。

 

「フォームが、悪いでかんわあ!」敵の誰かが、ショットガン・トール高木保彦の物言いを真似た。数日前、この言葉で腰の痛い高嵜さんがショットガン・トール高木に冷やかされたからだ。大爆笑で我々の試合は終わった。

A<C、C<Bという結果、最終戦で菅谷Bチームが松田Aチームに敗れることがあれば、3チームが11敗、イーブンのままになる。もはや、サドンデスをする航海日数がない。優勝チームは無しとなる。15時に優勝決定戦とした。

 

これまでにホールインワイン提供者による打ち上げ会用の援助金は6万円相当ある。従って、最後のリーグ戦賞品は、メンバー全員に、「にっぽん丸のポロシャツ(5500円)」を支給することを、今航海の高嵜事務局長が決めた。しかし、これは表彰式打ち上げまで明かさないことにした。波瀾万丈の午前は終わった。

 

昼食を松田夫妻と一緒に食べ、30分ほど横になるつもりだったが、寝てしまった。なにしろ、今日は朝5時から動き回っていたからだ。マッコウクジラの親子が潮を吹いたという突然のアナウンスで起こされた。1515分だった。ようやく、鯨が出てきたか。走り出す気力もないが、背中の潮吹きを撮れるほど、客船は近づけないので、ベッドから起き上がるだけにした。

14時から始まっているデッキゴルフ教室も、本日が最後だ。あの参加人数では、終了するのは1530分だと予想して、ゆっくりと後部デッキに向かった。ジャッジは高嵜さんが引き受けてくれている。

案の定、最終戦は始まったばかりだった。(A)松田夫妻、野村、長坂、(B)菅谷、工藤、草浦、塩野。

白のハット・フィッシュ塩野、シブイ・ベレー草浦は快調で、たちまち2番ホールを陥れた。赤のロング・キング松田は、それを追って、2番ホールに二人を捉え、Img_6858 スレンダー・アーム野村、ネプチューン・スター長坂へ安全な通り道を確保する。こうして、赤も2番ホールまでは船団方式で固まった。ロング・キング松田は、早く権利玉に成っておこうと、縦横無尽に暴れながら、345番と速いテンポで独走。ところが、その間、キラー・コンドル菅谷の本性が発揮され、4番ホールでスレンダー・アーム野村が餌食となる。さらにその妹役とも思えるスイスイマダム工藤も、「近所荒らし」の異名をもつほどに、ネプチューン・スター長坂を3番ホールで足止めして以降、追いかけて4番で釘付け状態にした。

Img_6856 白の草浦、塩野は悠々とゴールし、右舷側の4番ホールでリーダー菅谷、左舷側の5番ホールの松田と、陣取りは左右に分かれてしまった。さしものロング・キング松田も、約25ヤード離れた距離から工藤、菅谷を場外にはじき飛ばすには、無理があった。懸命に救助に向かったものの、白が全員ゴールを決めた時に、未だ長坂は5番ホールに向かっている途中だった。

Img_6867応援団からの情報では、ネプチューン・スター長坂は、この試合に臨むため、酒断ちをして体調を整えていたと言うが、全く効果無しだった。菅谷組が圧勝で優勝を決めたのは、1615分だった。気温も下がり、肌寒い時間になっていたが、それを忘れさせる熱戦であったと書いておこう。

 

試合以上に気になっていたことがある。本日が、真紀子、手術の日。両チームが握手で終わると同時に、急いで5階のライブラリーに駆け込んだ。メールを開ける。あった。

3516kg、真紀子、帝王切開で無事、男児出産!」。義妹かつ代からのメールが来ていた。ほっとした。それ以外、何も書いてないのだから、五体満足だったのだろう。いそいそと、1階の部屋にいるカミサンに知らせに降りた。喜んだというより、やはり、安堵の顔だった。帰国を前に朗報が聞けたことは、何よりの贈り物だった。「高嵜廣子さんから、夕食、一緒のテーブルに誘われてたわ」。「そうか、それなら、一緒にシャンパン取って祝って貰おう!」と言ったら、カミサンが、今晩は、「焼酎の夕べ」だってと笑う。

P1030094 P1030095都合がいいことに、高木夫妻も野村さんとも一緒になったので、同じ席を創って貰った。7人がセンターテーブルの脇に会した。「焼酎の夕べ」だから、センターの奥には、ずらりと全国からの焼酎ブランドが立ち並んでいる。スタッフが、メニューの番号からデキャンターを手にImg_6878_2 回ってくる。シャンパンを頼んだ。怪訝な顔をする仲間に、二人目の孫誕生を白状する。思い起こせば、06年の世界一周クルーズでも同じ時期、フェアウエア・パーティかグランド・フィナーレのディナーの頃、神戸の木島夫妻に孫が生まれたと、日本から吉報が飛び込んできた。木島さんは、シャンパングラスを手渡ししながら、注ぎ回っていたように思う。今度は、自分たちがあのときの感動を味わっているのだ。真紀子有り難う。

 

グランド・フィナーレは、ドルフィン・ホール。船内新聞には「演出の関係上、5階客席は左舷側のみとさせて頂きます」、こう書かれていた。5階にジョンやニック、リン達のフィリピンスタッフが全員整列することを想定して、階下の4階中央後方に座った。2115分に始まった。

03年世界一周クルーズの東さんが構成したと同じように、音楽とスライドによる回想写真が上映される。ブラスの高まりと、沸き上がるようなドラミングで音楽がスタートを盛り上げる。数々のスティルがスクリーンに映し出されていくと、不思議な高揚感がある。ほんの少し前だったと思っていたポンペイもトンガもサモアも、その映像の向こうに重なる想い出がある。ハワイのカットが始まると、ああ、もう帰国するのだ、下船するのだという、やりきれない気持ちが募る。ハンカチを目に当てるご婦人もいる。

P1030107 スライドが終わって、暗転。スポットライトに浮かび上がったのは、クラリネットを奏でるホワイト・タキシードを着た北村英治だった。

P1030116 P1030111片山一道教授を始め、ソシアルダンス教室の須山夫妻ら講師全員、派遣された美容師ほか、平野正道写真師とアシスタント、田実君他の若いツアー・イベントスタッフたちが音楽に乗せて次に紹介されて、スポットP1030122_2 P1030118 ライトと拍手を浴びる。評判の高かったパソコン教室の菊池秀之先生にも盛んにフラッシュが光る。最後に白川船長以下、白制服組のクルーが立った。「ご乗船有り難う御座いました」で第1部が閉じた。

2部のステージには、真っ赤なコスチュームの女性シンガーが二人登場。年齢の割には、若作りし過ぎで衣装のデザインだけが浮いて白々しい。名前は出さないでおくが、どうして、クラッシック畑の人は、鼻もちならない仕草や大げさなそぶりをするのだろう。オペラを演じているのでも、ミニコンサートをしているのでもないのだ。ディナーショーのような空気が読めないのだろうか。ましてや、今夜は、過ぎ去った長いクルーズを走馬燈のように思い出させる惜別の時間だ。エンターティナーという役割になりきって貰えまいか。船客はカタルシスに浸りたいのだ。P1030145 P1030141 バイオリニスト須磨和声の澄み切った流れるような高音から、一転して、古今亭菊の丞のお太鼓が打たれ始めた。この丁寧でリズミカルな、切れ切れの低音は、言い換えれば、クルーズでの「除夜の鐘」のように、心に響いた。

 

ところが、ところが、である。待っても、待っても出てこない姿がある。あの大勢のフィリピンスタッフが、ステージも上がって来ない。階上を見回しても、制服姿の集団が見えない。表れない。彼らはいったい何処にいるのだろうか?

ついに、ホールが明るくなった。終わってしまったのだ。クルーズ最後の、エモーショナルな時間はないままに終わった。感極まるあの瞬間が訪れないままに終わったのだ。飛びきり美味いデザートが忘れられたように、我々は席を立った。

がっかりした。その気持ちを同じ船客のある方に話した。調理場のコック、パシエテ、甲板部のスタッフ、ダイニングルームのフィリピンスタッフ、そしてハウスキーピングのフィリピンスタッフなどなど、船客に対し、これだけの裏方を含めた多くの乗務員によって、この船が何事もなく安全に快適に円滑に航行していることをあらためて人数で目に見せて、教えない手はない。特にファースト・シッティング、セカンド・シッティングと、二重の時間を笑顔で接してくれたフィリピンクルーに、大きな拍手で感謝の気持ちを届けたかった。このことを話していたら、傍らにいた数人の船客が同じ気持ちだったと頷いて、残念がった。

左舷出口で船客を待ち受けている講師や船長を、憮然とした顔で受け止めて通り抜けた自分がいた。「有り難う」の気持ちが半減したのは、正直な気持ちだった。なにが、旅の最後の感動かということ、そのサービス業のあり方に画竜点睛を欠いたと言わざるを得ない。


ランドサービスは今日で終わり、クレジットカードの精算も始まった。免税品販売も明日で終わる。各教室、講座も最終回を迎える。いよいよ、気ぜわしくなってきた。

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